オープンキャンパスで聞かれることその2
その1のリンク:
はじめに
こないだオープンキャンパスで高校生の質問に答えたのですよね。その時に語りたくなったので記録。なんだか筆が走ったイタイ文章ですが、まあそのまま載せよう。
化学のそれぞれの分野の違いは何か
入試課の、高校化学すら分からないお姉さんに聞かれたので。親戚に説明するつもりで書く。
有機化学
- 分かりやすいイメージ:薬、糖など
定義で言えば、C, H, Oで出来た分子を中心とした化学です。高校化学で言えば、アルカン、アルコール、カルボン酸、ベンゼン、などあの辺。
産業界で言えば、製薬、農薬、食品などがイメージしやすいでしょうか。それらの「合成」とそのための「反応」の学問です。
ぶっちゃけ化学の学問の中で就職に強いのは、「高分子化学」か「有機化学」だと思いますよ!!産業界はほぼそれらを扱っているので!!!さらに比較すれば高分子かな!!!
私の専門は有機化学なので、以下の他の分野はパンフレットとにらめっこしながら書きました。大きくずれては無いはず。高校生はこのパンフレットを読んでもここまで読み解けないでしょ。
物理化学
- キーワード:溶液・界面の化学(化粧品など)、光化学(分光とか、レーザーを分子に当てるとか、発光する分子とか、光を与えることで起こる化学反応とか。ぶっちゃけ流行り)、機械化学(メカノクロミクス、分子に圧力などの力を加えた場合の化学)、熱力学、分子軌道論、反応速度、などなど
化学物質の物理的性質を読み解く学問です、おそらく。門外漢の私がイメージする物理化学は、こんな感じです。
皆さん大好きな化粧品の化学は、界面の化学が大半を占めています。化粧品業界に行きたい学生はこれらの分野の研究室を選ぶ学生が多いです(当大学の私の知っている中ではO研究室とかY研究室とか)
無機化学
- 分かりやすいイメージ:電池、電気、金属、イオン、分析、など
定義からも分かるように、無機化学は「その他」です。
産業界と結びつきが深い分野としては、電池・電気系と、金属系と、分析系ではないかな。リチウムイオン二次電池は様々な化学メーカーが手を出しているので、電池の化学を学んだ学生は需要があると思います。分析系も、どの企業も分析部門はあるもので、化学の縁の下の力持ちな学問なので、一定の需要があります。
ちなみに我々理学部一部化学科では、無機化学の中でも「錯体」という分野の研究室がほとんどです。分かりやすく言うと、「金属+有機物」の組み合わせの化合物の学問です。高校化学で「錯イオン」というものを学んだのを覚えているでしょうか?あれの仲間です。詳しく話すと難しいのでこれ以上は説明しません。無骨で最先端で面白い学問ですよ。
生化学
これは名前からイメージしやすいかな、生物に関する化学を扱っています。ぶっちゃけ生化学は他の化学とは別学問と言っていいくらい、生物寄りの知識が必要です。私は生化学の研究を聞いても割と何を言っているのか分かりません。なのであまり説明はしません。
以上が教科書的分野による区分。
以下に高分子化学と化学工学も説明しておきます。横割りの区分と言えるかな。産業界的な区分。
高分子化学
- キーワード:化粧品、ポリマー、樹脂、ゴム、溶液、界面、重合、物理化学、有機化学、などなど
高分子化学はその名の通り、高分子(分子量の大きな分子)にまつわる化学全般です。上の分野で言えば、物理化学、有機化学を中心に広い知識が必要です。低分子の有機化学は一般に分子量100-大きくても3000前後ですが、高分子は基本的に分子量が1万を超えます。とにかく大きいのがワクワクする人はいいんじゃないでしょうか。
高校化学だと高分子はあまり扱いませんが、66-ナイロンとかε-カプロラクタムとかを学びますね。あの辺の化合物です。
産業界の化学メーカーはほとんどが樹脂やゴムなどの高分子製品を売って稼いでいます。それこそナイロンとかの繊維メーカー上がりのメーカーも多いです。したがって高分子を学んでいた学生は就活に強いですよ…!非常に人気な学問です。
特にみんな大好き化粧品も高分子なので、その辺のメーカーに行きたいのならば、高分子分野を学んどけば外れないんじゃない?と思います。
正直に言うとうちの化学科は高分子化学はあまり強くないので、高分子化学をやりたいならば、応用化学科の方がいいと思うし、詳しくないけど野田や葛飾の学科の方がいいのかな?
化学工学
あまり耳なじみのない分野だと思います。
工学部工業化学科では、上記の学問に加えて、化学工学を勉強します。(これは、工業化学科では上記の化学をやらないことを意味しません。それらもきっちり学びます。)
私自身は学んでないので詳しくないのですが、化学製品の工業化にあたって必要な知識やノウハウを学ぶ学問です。高校生にはハーバー・ボッシュ法とかがイメージしやすいかな。
あとは工業化を意識した環境に優しい研究なども手をかけている印象です。CO2の利用とか、再生エネルギーとか。詳しくないけど。
化学系の中で受験学科を迷っている…どうしたらいいの?
これねー。内部の人も答えに困るのよねー。あくまで私の解釈を言いますね。
まず、学部レベルで得られる知識はほぼ違いがありません。
そして、研究室配属や大学院進学の際に他の大学に移ることは比較的普通なので、急いで専門を絞る必要はありません。
化学はそれぞれの分野間が割合シームレスですし、基礎研究と応用研究の間もシームレスです。割と自由に研究分野は変更できます。複数分野にまたがる境界領域の研究領域も増えています。
よって化学系の中での学科選びにそれほど神経質になる必要はありません。
(余談ですが、基礎物理と応用物理は大きく異なる分野のようですね。基礎物理学会と応用物理学会の、それぞれ別の学会を持っています。物理学科と応用物理学科は扱う内容が結構違うらしいので、そこは詳しく話を聞いた方がいいです。)
したがって、受験学科の選び方について、教科書的な回答をするのならば、以下になるかなーと思っています。
まず、もし化学の中で興味のある分野があるのならば、そのような分野を研究している研究室が多い学科を選ぶといいと思います。
特に行きたい分野が定まっていなかったら(それは至極普通です。私もそうでした。)、大学のパンフレットの研究室のページを読んだりとか、あと各研究室は必ずHPがあるので、検索してそHPを読んでみるとか(Rsearchのページに、研究内容を分かりやすく説明してくれています。)、それらで興味をそそられた学科に行けばいいのではないでしょうか。
また、学科選びとはずれますが、追加で月並みな意見を述べておくと、高校生が持つ化学への興味なんて偏っているものなんです。まだ学んでいる分野が狭いので当たり前です。おそらく大学で化学の様々な分野を勉強しているうちに、色々と面白いと思う分野が出てくると思います。変に凝り固まらずに、柔軟に色々な分野に興味を持って欲しいです。
例えば今私は超分子という学問を研究していますが、大学3年生になるまで私は存在を知りませんでした。研究室に入るときも、超分子とは何だかよく分からず研究をスタートさせました。しかし研究を始めてみると、今まで合成できていなかった面白い構造の分子が合成できて、今まで見られなかった化学的特性がみられるかもしれないと思うと、非常にロマンあふれる面白い分野だなーと思います。
超分子の分野って、ここ数十年で発展した、化学の中では新しい学問なのですね。2016年にノーベル賞を受賞しました。化学の先端って新しいので、教科書にはまだまだ載っていないのですよ。
化学界には、教科書にまだ載らないような最先端で面白い学問が沢山あります。ぜひとも、化学科に入学してから、色々な分野を知ってほしいです。
私がなぜ化学科にしたかですが、正直に言うと何も考えず一覧の一番上の学科にしました(笑)。ただまあ敢えて言うなら、私は「大学では世の中の役に立たない研究をしたい(どうせ社会に出たら役に立つことをやるから)」という思いが強くて、「学問」を追求したくて、なので理学部化学科に進学したし、超分子合成などという正直何の役にたつかまだ分からない学問の隅っこで研究活動を行っています。
ちょっと熱く語っちゃった。恥ずかしい。
(ついでに言っておくと化学科と応用化学科なら、応用化学科の方が好成績をとりやすいとの噂があります。比較的甘めに採点してくれる教授が多いとか。まああくまで噂レベルですし、成績の取りやすさで学科を選ぶのもねぇ……。参考程度に。)
就職について
化粧品メーカーに就職したいのだがどうすればいいのか
高分子化学、界面化学、あたりを勉強すればいいと思います。その辺に強い学科に行けばいいのではないかな。神楽坂なら応用化学科かな。
大人気業界なので、就活は大分頑張る必要があります。頑張ってね。
製薬メーカーに就職したいのだがどうすればいいのか
製薬メーカーの研究職は、給料はいいですが狭き門です。
まず有機化学の研究室の博士を出ることがほぼ必須です。天然物合成系の研究室だと望ましいです。
たまに有機系の修士卒でも製薬の研究職で採用してくれる製薬メーカーや化学メーカーがあります。
とりあえず有機化学を勉強すればいいと思います。
むしろ大概はどこに就職するの?
高校性はこれが分からないから、イメージしやすい化粧品とか製薬とか言っているのではないかな。
詳しくはその1に書いたのですが、大抵はプラスチックを作る仕事につくとイメージしていいんじゃないかな。自動車やディスプレイの材料を作ったりしている人が多いイメージです。
せっかくなのでもうちょっと語ってしまうと、研究職は大きく「研究」と「開発」の2つに分けることが出来ます。
私もまだ働いていないし、会社によっても違うので一概には言えないのですが、両者では目的と求められる能力が若干異なります。
研究は文字通り研究する職種です。研究所で、新しい発見、新しい製品を生み出すような研究を行うことが仕事です。新しい何かを生み出す力が、一番求められます。
開発は、製品を開発する職種です。研究との一番の違いは「顧客第一」であること、それから納期が厳しい場合が多いことです。顧客の要望に合わせた商品を、納期に間に合うように開発する力が求められます。化学メーカーの顧客は世界にあるので、世界の会社とやり取りができるのも面白い点かもしれません。(それゆえ語学力もあると有利ですよ)
会社では部署異動がありますので、研究を数年やった後開発にいったり、またその逆もあります。目的は異なりますがやっていることは似たようなことですので、両者の違いはそこまで大きくないです。
さらに言うと、化学系の修士を出たからといって、皆研究職につくわけではありません。
(それから学部卒だと理系として扱われません。理系職(技術職、といいます)は理系修士卒がほぼ必須です。学部生はほぼ普通に文系就職をしています。)
研究開発職以外にも、理系の技術職は色々あります。
例えば、「生産技術」という職があります。工場で化学製品を製造するにあたっての技術的課題を解決するお仕事です。新規海外工場の立ち上げなどはスケールが大きくてグローバルでワクワクしますね。工場はどこの会社にもありますから、化学系で生産技術につく人は結構な割合いるのではないかな?ゆえに化学工学系はこのへんの職種への就職が非常に強いです。
それから、「技術営業」という職があります。顧客に対して製品の技術的な説明やサポートをする職種です。作った製品を売る際にも、化学系の知識があると非常に役に立ちます。
あとは「知的財産」を扱う職もあります。要は特許ですね。メーカーで知財職として働いたり、弁理士の資格を取って弁理士事務所で働いたりします。
さらに言うと、最近は修士を出て化学とは関係ない業種・職種に進む学生も増えてきています。具体的にはコンサル・ITなどをよく聞きます。一般企業も、理系修士卒の論理的思考力や研究遂行能力を求めているところが増えたようです。
大学院の研究生活を通じて、「俺研究きらい」と思う学生は沢山います。研究は楽しいですが、それだけにこだわる必要も無いと思います。
2021.09.21 文章を修正
2022.09.10 文章を修正